2人目の子どもが生まれた頃、20年ぶりの円形脱毛症になった話

子どもが生まれる。家族が増える。人生における、最も喜ばしい瞬間のひとつだ。2022年5月17日。偶然にも、姉と同じ誕生日。ふたりめとなる、元気な女の子が生まれた。妻が産んでくれた。僕は、破水した妻を病院へ送っただけで、本当に、何もしていない。

むしろ、喜びの陰で、自分自身のことで絶望していた。嬉しさと感謝と、絶望感とでよくわからない気持ちになっていた。

その数日前に、円形脱毛症が発覚した。髪を切っていて見つかったのが後頭部に2箇所。そのあとよくみると、おでこの左側と、左の耳の上も、毛がなくなっている。

調べたら、蛇行型といって、治りにくく重症化しやすいタイプらしい。

ということがわかったのはもう少しあとになってからで「円形脱毛症になった」との事実だけで、心のなかに分厚い雲がかかったような、肩に重い荷物が乗ったような気分になった。

人生では、20年ぶりだった。小学3-5年生のころに、2箇所円形脱毛になって。母と一緒に毎週数えきれないほどに皮膚科に通って治した記憶。学校ではできる限り帽子をかぶってて、ときどきなんともなくクラスメイトに見せたら、わりと引かれた記憶。まだ、何者でもなく、家族以外、いまの人間関係を形成している、頭のなかに浮かぶ大好きな人たちと、誰も出会っていないときの記憶。その頃の重たい、灰色の感情が胸に押し寄せる。

原因はなんだろう。まず浮かぶのが、ストレス。調べたら「ストレスはきっかけにはなるけど原因ではない」と書いてある。通常はウイルスやよくないものを攻撃するリンパ細胞が、まちがって毛根を攻撃して消滅させるらしい。間違いすぎだろ。

しかしなぜそんな動きをするかはわかってないらしい。この世界には意外とまだわかってないことがたくさんある。「ストレス」もそうだ。人体には「ストレスが原因で起こる何か」が多すぎる。その「ストレスの原因」がわからないから困っているのに。

思い当たる節がないことはない。だけど東京でほぼ寝ずに、仕事しかせずグラノーラしか食べず精神的肉体的に詰められながら生きていた頃に比べたら今はストレスどころじゃない。

唯一変わったといえるのは、子どもが生まれたことだ。だけどそちらに思考を向けると「子ども=ストレス」との図式ができあがり、絶望が加速する。

結論からいえば、仕事と人生がほぼ同義な感じで生きている民からすると、それと同等な「子ども(家族)」の存在ができ、どっちのほうが大切とかじゃなくどっちも100%どうにかしようとして、どうにもならずに、ハゲたんだと思う。

ついでにいえばいま中古物件をリノベーションしていて、そちらの考え事や悩みも多く、ハゲたんだと思う。

いまは、まだギリギリパッとみてわからない範囲なので生活に支障はないけど、あとちょっと進むともう人には会いたくない。

できる限り、前向きに考える。死ぬわけじゃない。大丈夫大丈夫。

と、何百回も唱える。常に頭のなかを、これまで摂取してきた、前向きな言葉で埋める。いくらか心は軽くなる。

皮膚科にももちろんすぐ通う。セカンドオピニオンも受ける。やるだけのことはやる。

だけど、まだ症状は悪化しているらしい。どんな前向きな言葉も行動も「抜けている」事実には敵わない。

自分自身が「ちょっとハゲる」こと、さらに「まだハゲ続ける」かもしれない不安で、こんなにも世界が暗くなるとは思わなかった。比較するのはどうなんだという話だが、息子が生まれて3日目くらいで「重い病気かもしれない」とわかって、大丈夫になるまでの数日間と、同じような暗い世界にいま、生きている。

小学校の頃の経験がトラウマなので、大学受験を控えた高校2年生くらいのとき母に「大学に行きたいので勉強をするが、もし勉強のストレスでハゲたら大学どころじゃないので受験もしない」と伝えていた。

それといま全く同じ気持ちだ。仕事どころじゃない。家どころでもない。まだハゲが似合う歳じゃない。髪の毛、頼む。ついてきてくれ。

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