※2014年10月6日に書いていたブログ記事の再掲です。
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だいぶ古い日記だった。
昭和29年。
文字も消えかかっていたけれど、一部だけ読むことができた。
「端島 軍艦島を訪ねて」
とある。
1949年。既にひとつの小さな小さな島に
4000人以上の人が暮らしていた。
「狭いのかと思っていたら、人々は案外楽しそうに、穏やかに暮らしている」
といったことが書いてあった。
おじいちゃんの一家(僕の父親含む)も、8ヶ月だけ軍艦島に暮らしていたらしい。
これは、まだ炭鉱で働いていた頃
奥さん、つまり僕のおばあちゃんと結婚したてのときの日記。
たぶん、20歳になったばかりくらいのときだ。
まさか孫に読まれるとは、って感じだろうけれど
まるで自分に宛てられた手紙を読んでるような気持ちになった。
『笑顔』
峠にさしかかる
寒風は 手足をこをらせる
眠い また嫌な重労働が待って居る
可愛い 吾が妻の顔が 目にうかぶ
新しい力が出た様に 階段をかけ下りる
重労働の苦しみも忘れ
生活の苦しみも忘れて
道をいそぐ 妻の笑顔を目にうかべつつ
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<追記>
この年末年始は息子→娘→自分とインフルエンザリレーで埋め尽くされてしまい、ひたすら看病、ほとんどの再会も絶たれてしまい、精神的にも滅入りました。日曜劇場「海に眠るダイヤモンド」を全話観ることができたおかげで、気持ちが立ち直りました。身体が弱く、端島の隣にある高島で外勤のような仕事をしていた祖父と主人公、祖母と朝子の姿が重なり、ドラマをみながらずっと祖父母に思いをはせた年始でした。