伊田特集 編集後記

近場なのに、距離がある。未知でもある。

それが自分にとっての「伊田の飲み屋街」だった。田川で飲む、となればだいたい「伊田のどこかで」となるのだけど、言わずもがなコロナ禍と3人の子どもたちとの生活で、夜の時間はほぼ身動きがとれなくなっていた。

夜とは無縁の生活をおくるなかで、ふと知人が遠方から訪ねてきてくれたとき「伊田で飲もう」となった。そうなると急激に「何もしらない」ことが情けなく「どのツラ下げて地域情報誌の編集者をやっとるんじゃ」と心のなかで泣いた。

そんなこんなで毎度のことながら公私混同の動機で取り組んだ伊田特集 後編。まずアポイントをとらねば⋯と調べてみるものの、スナックはインターネットでほとんど情報は出てこない。(営業してるかどうかもわからない)

心細さを感じつつも、1軒目に訪れたのはBar樹。バーテンダーの工藤さんと出会ってはじめて「伊田の夜に居場所ができた」と思えた。とにもかくにも優しく、考えうる限りの理想のバーテンダーを具現化したような人だった。その工藤さんに、あそこのスナックはだいたい何時頃にあく、と基礎情報を教えてもらい、意を決して飛び込んでいく。

「ごめんね〜今日はママ、いなくて」

「あ、まだママきてないのよ。22時くらいには来るかな?」

とママにたどり着くまでは骨が折れた。けれど、いちど話せると、みなさんこれまたとてつもなく優しく愉快で、情報としても「ここに来ないとわからないことがものすごくたくさんある」ことにも気づいた。

スナックプリンのみゆきママ

南太平洋の中村ママ

lounge YANYANの八城マスター

この期間中に励まされたのが、川内有緒さんの『空をゆく巨人』プロローグにあった一節。川内さんも取材を申し込むなかで、一瞬断られたりしながら食い下がって、話をきかせてもらい、一気に世界が広がっていく過程が綴られていた。

「一歩を踏み出したら、それが冒険なんでねえの?」

『空をゆく巨人』の主人公のひとりである、志賀さんの一言に川内さんと同じように胸を撃ち抜かれた。物理的には家から車で15分とかの近いところを取材してまわっているけれど、これは自分にとって、冒険である。子どもたち3人の世話を妻(と家族)に頼み、夜の時間をもらい、訪れたことのないお店の扉を開くこと(スナックの扉は、特に重い)。SNSやインターネット、AIが届かない未開の地。自分の足で訪れないと、アクセスできない。ご近所大冒険。

そうおもうと、エンジンを切った暗く寒い車内で(これは古めの車にのっている自分がわるいのだが)ママの出勤を待つ時間も、なんなく乗り越えられた。

かつてなく冒険だった伊田特集後編。ぜひお楽しみくださいませ〜。

(チクスキはいま諸事情で電子書籍がストップしているので、筑豊地域のどこかで手にとっていただくほか読める手段がありません。それもまた紙媒体の良さ!)